脳出血で倒れてから5年半。片麻痺は個性の一部になったようだ。今は、老をいかに生きるかに焦点が移っている。


by satarou22
脳出血発症以来、目の異常で苦しんでいる。私の場合、手足の麻痺よりも、むしろ、こちらの方が精神的に苦しい感じです。退院直後から、以前との形容しがたい違和感、世の中が少し暗くなった感じ、どこか不快な軽い酩酊感が伴って、落ち込みの一因になっていました。
さらに、去年の暮れから、強い光がまぶしくてかなわくなったのです(羞明というのだそうです)。自動車のヘッドライトが、地下路の頭上の蛍光灯が、白い紙の上の反射光がまぶしいのです。どうしてなんだ。不安。気の晴れない日々が続いていました。
視神経に異常があることは、確かです。脳出血から来ている視神経の収縮、緑内障、白内障、いろいろと原因を考えてみました。眼科医の診断は、経過をみないとわからないという頼りないもの。緑内障の可能性があるということなで、点眼(眼圧を下げるそうです)を始めました。
怖い。恐怖の拡大再生産。失明するのでは?身体はボロボロ、心もボロボロ。物事を悪い方に悪い方に考える欝状態へのアリ地獄です。
「東京をもっと暗く!街にもっと優しい温かい光源を!」
その頃の私の率直な願いです。
東京の夜は、なんと無駄な光が多いことか。エネルギー資源の無駄遣い。本当に公害(光害)なんです。光恐怖症。夜の巷は光の洪水、冷たい色とりどりの殺人光線が、私を襲い、切り裂いていく。そんなSFもどきの妄想にとらわれていく感じ。
[結論]
 何らかの原因で症状(羞明)が出る。その症状が欝状態を作り出す。その欝状態が症状を悪化させる。さらに、その・・・・ということです。この循環を脱却するには、心の持ち方が決め手なんです。「心を強く明るく保つ」という単純な結論です。単純なことほど難しいんですよね。
ゲドと影との戦いを思いだし、「死ぬことを恐れない」と何度も心にいいきかせました。
でも、どうして、この悪循環から抜け出せたのか。今、思うと、その頃、目に合うメガネができて、本を読むことが出きるようになったのです。それも大きかったと思います。(40過ぎると誰にも老眼が始まります。合ったメガネを!)
  その頃、読んだ本
     遠藤周作「イエスの生涯」「キリストの誕生」曽野綾子「神の汚れた手」
     ジェームス・レッドフィールド「聖なる予言」
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# by satarou22 | 2004-08-18 17:07 | 2003年のリハビリ日記

2003/07/14(リハビリ考)


立川で開催された渡辺一正さんの講演会(6月7日)、片麻痺ネットワーク情報交換会(7月5日)に出席してきた。
リハビリについて、再考する良い契機となった。片麻痺に慣れるにしたがって、どこか惰性でリハビリしているような気がしていた。以前のように、リハビリを真剣に考えることもなくなっていた。障害を意識しなくなるのは良いことだが、リハビリを意識しなくなるのはあまり望ましいことではない。時々、こういう集いに参加することは、他の片麻痺者が何を考えているか知ることができ、良い刺激となる。
発症以来、約1年3ヶ月が経過した。
その間、様々の経験を通して、自分のリハビリついての考え方もかなり変わってきている。
この辺で、もう一度自分自身のリハビリについて、考え直してみることが必要になっている。
このままでいいかどうか。もう一度原点にもどって見つめ直してみよう。まだまだ、やりたいことはたくさんあるのだから。

障害は改善しているか(去年の今頃との比較)
●足  左足裏の緊張は、依然、強い。去年より、歩行が楽になった、確実になったという感覚はない。むしろ、その日の天候などに左右される感じだ。階段(上り)は、つま先がひっかかりがちである。階段(下り)は、上りよりもつらい。どったんどったんという感じでけしてスムーズでない。膝の関節の屈伸と、アキレス腱の伸縮に問題がありそう。今後も滑らかな歩行に向けて試行錯誤だ。
●手 左手は、多少とも自分の意志通りに動くようになり、重いものが持てるようになり、去年より改善しているのではないか。更に脳と手の回路がつながることを目指し、地道にトレーニングに励もう。
●話し方 急いで話そうとすると、もつれたりはする。ゆっくり落ち着いて話せば、十分に意志疎通ができる。去年の今頃とは、あまり変化はない感じ。
●頭の働き 発症前とは、違いすぎて比べたくない。が、去年の今頃とは、あまり変わってはいないだろう。ただ、若干、集中力がなくなり、数学的推理力が劣ってきたようだ。病気のせいでなく、歳をとったせいかもしれない。
障害とは関係ないが、血圧は安定している。降圧剤の服用を止めて、2ヶ月、過ぎた。このまま、食事には十分に注意を払っていこう。体重を増やさないことも重要。

障害は受容できたか。
上田敏の「リハビリテーション」に出ていた分類でいうと、「解決への努力期」を通り越し「受容期」に入っていると思う。片麻痺であることを忘れていることも多くなった。
障害を受容したといっても、けして片麻痺を改善しようという気持ちを放棄したわけではない。現在の片麻痺の症状を平静な心で認めることができ、その上で、できるだけ普通の生活をおくる基盤ができたということである。「何年たってでも片麻痺を治す」という意気込みには、変わりはない。
精神的には、落ち着いている。それでも、身体のつらいときは滅入る。ただ、以前のようにひどく落ち込むことはなくなった。気持ちの切り替えがうまくなったようだ。

次に、現在、自分の実行しているリハビリをまとめてみよう。

1.筋力トレーニング
週1~2回、千駄ヶ谷の東京体育館で、毎回2~3時間、足と手の筋力トレーニングをしている。パワーリハビリなどと言ってもいいのかもしれないが、あえて、従来通り「筋トレ」という言葉を使いたい。パワーリハビリは、実態の伴っていない、今のところ流行語のような気がする。この言葉が定着するかどうか見守りたい。それまでは私の中では「片麻痺改善のための筋トレ」と自分のトレーニングを呼ぶことにする。トレーニングのメニューも固まってきた。少しずつ何をすべきか、わかってきたような気がする。まさしく「継続は力なり」だ。
拘縮を防ぐことが第1目標。できうるなら、少し筋力を強化できれば、と思っている。週2回、行きたいところだが、仕事も忙しく、どうしても週1回になってしまう。軽量のダンベルを購入して、家でも軽い筋トレができるようにしたい。もう少し筋トレの本を読んで、理論的裏付けを試みる必要もある。

2.ウォーキング
昔は、ただひたすら歩いていた。歩いていないと歩けなくなるのではないかという強迫観念があり、歩いていないと不安だった。
現在は、ジムが無くて、仕事が忙しくない日、有酸素運動、6000歩(実質約1時間の歩行)を目安に歩いている。時間をじっくりかけて「楽しんで歩く」を第一義にしている。
お気に入りの散歩コースはドームシティ。旧後楽園遊園地が自由に出入りできるようになり、併設ビル等にお店もたくさんできて、週日午前中は混みすぎもしていず、歩いていて楽しい。買い物もほとんどここで済ましている。若い人が集まっているので、それだけでも気分が良い(原宿にちょっと似ているか)。雨が降らなければ、午前中、ジェットコースターが走る下、噴水の横で、読書をし、ゆっくりコーヒーを飲むのが日課になった。ウォーキングと日常生活の楽しさが融合し、まさに「散歩、散策」という言葉がふさわしくなった。

3.生活の中でのリハビリ
発症以来、心のどこかで女房に甘えていて、面倒くさいことは、なんでもしてもらっていた。が、食器を洗ったり、料理をしたり、、布団を干したり、生活の中での全ての行動がリハビリにつながる。積極的に家事に参加すること。自分のことはできる限り自分ですること。片麻痺を忘れ去って普通の生活をすること。これが当面の目標だ。
子供に勉強を教える仕事をしているが、仕事で頭を使い、話すことがそのまま最高のリハビリになっている。子供達に感謝している。リハビリをして、授業料が入るのだから。今は、以前よりずっと子供の身になって教えている。

今後の方向性
1.できるだけ普通の生活をする。
片麻痺者同士が固まって傷口を舐めあうのではなく、ちょっと手足の悪い普通の人として、社会の中にどんどん出ていかなければならない。言い方をかえると、片麻痺を意識しすぎることなく、少々身体がつらくても、頭がまわらなくとも、強い気持ちで、明るく普通の生活をするように心がけなければならない。再発をこわがって、何もする気がなくなり、消極的に生きるなんて、最悪のパターンである。
仕事でも趣味でも、できるだけ普通の生活ができるように、今後も肉体的にも精神的にもリハビリに努めていく。つらさなんて、吹っ飛ばせだ。フィリピンに行って生活を楽しむぞ!
2.リハビリは、スマートに、かつ、楽しく。
リハビリは、普通の生活を支えていく土台となるものである。充実した生活を送るためには、リハビリは必要不可欠だ。私の年齢になると、年々、体力が衰えていく。体力を維持するだけでも結構大変だろう。その上で、麻痺を少しでも良くしようというのだから、生半可な企みでは、もたない。「リハビリは目的をはっきりさせてスマートに」することが望ましいが、同時に、長続きさせるために「時間を十分にかけて、楽しみながらリハビリする」ことも大切だろう。自分ながら、矛盾することを言っていると思うが、真実とか現実ってやつは、矛盾するもんなんだよね。どこかで接点を求めて妥協するしかない。
3.おおらかな気持ちで生きよう。
片麻痺者の精神上の問題は、被害妄想と感情失禁に代表されるような気がする。ネット上の他の片麻痺者を見ていても、気持ちの持ちようがちょっといびつになっているのではと、感じることがよくある。健常なときは、もっとおおらかだった。テレビの映画やドラマを見ていても、感情移入が強く、すぐ泣いてしまう。この頃は少しおさまったが、子供時代に返ったみたいだった。涙もろいのは、自分の気持ちに素直なのだから、恥ずかしいことでもなんでもないと思って気にはしていない。困るのは、取るに足らないことをくよくよ気にしたり、つまらないことにすぐ腹をたてたりして、周囲に迷惑をかけてしまうことだ。これはいただけない。
今は、腹立たしいことがあったら、
「いつも喜びなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい」
という言葉を思い出し、しばらく時間をおくことにしている。大抵、怒りは消えていき、人をゆるすことができるようになる。
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# by satarou22 | 2004-08-18 16:34 | 2003年のリハビリ日記
やっと、夏らしくなってきた。片麻痺には、優しい季節だ。
本格的に、自宅筋トレを開始して、2週間、過ぎた。順調である。午前中、ストレッチから始めて、たっぷり2時間。楽しい充実した時間になっている。BGMは、モダンジャズか、60年、70年代アメリカン・ポップス。はまっている。青春時代を懐かしんでいるのかな。毎日、休まずにやってきたので、少々疲れ気味。やはり、休息日も必要みたいだ。
「あなたの趣味は?」と聞かれたら、今は「筋肉(ウェイト)トレーニングです」と即答できる。倒れる前は、ジョギングだった。山手線内を縦横無尽に走り回っていたが、その代りが、やっとできたという感じである。
文京区春日の「オリンピック」まで伝通院の横を通って、歩いていって、1キロ、2キロ、3キロの鉄アレイを2回に分けて買ってきた(ダンベルはなかった)。そろそろ、4キロも必要になってきている。しかし、急ぎはしない。負荷を上げることではなく、あくまでもリハビリが目的なのだから。同時に、飯田橋の本屋で筋トレとストレッチの本も購入して、読み始めた。今まで、かなり間違ったことをしていたみたいだ。筋トレの本は、「基礎から始めるウェイトトレーニング」(高橋書店)。この本は、東京体育館が協力になっており、何時もジムでお会いしているトレーナーの方が、写真のモデルになっている(たぶん)。器具もジムにあるものばかりなので、親しみやすい。
一応、現在のメニューを紹介しておこう。
1.シット・アップ(腹直筋)
2.ダンベルカール(上腕二頭筋)
3.ワンハンドトライセップスエクステンションシーテッド(上腕三頭筋)
4.ダンベルベンチプレス(大胸筋)
5.ダンベルフライ(大胸筋)
6.サイドレイズ(三角筋)
7.フロントレイズ(三角筋)
8.リアレイズ(三角筋)
他に、3000歩のウォーキングとストレッチ
種目によって多少の違いはあるが、負荷は右3kg、左1kg(または2kg)で、それぞれ、1セット15回、2セットずつ、エクササイズしている。
私達、片麻痺は、左と右の差がおおきいので、バーベルよりも、ダンベルの筋トレが向いているようだ。ジムには、週1回のペースで通って、家ではできないことを中心にエクササイズするつもりだ。もちろん、フィリピンに行っても続けるつもり。
足裏の拘縮は相変わらずだ。
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# by satarou22 | 2004-08-18 16:31 | 2003年のリハビリ日記
冷夏であった。夏らしい日が数えるほどしかないうちに夏が終わってしまった。体調は、良い日もあれば、そうでない日もあった。精神的に落ち込む日もあって、楽観的に考えられる状況ではない。筋トレと祈りが日々の心の支えとなっているのには、変わりがない。そういう夏の出来事をまとめてみた。

自転車に乗る
 女房のママチャリを借りて、倒れてから始めて自転車に乗った。ジムでエアロバイクを十分こなしていたので、自信はあった。しかし、左の患足に体重が、思うようにかけられないので、こわい。ちょっとした坂も上ることができない。通行人の間を昔のようにすいすいとすり抜けられず、すぐ足をついてしまう。それでも、ドームシティまで行って、お気に入りのライ麦パンを買ってきた。視覚異常もあり、大怪我をしそうなので、日常的に実用で使うのは、無理かなと判断。「自転車に乗れた」という事実を残して、ゆっくりペースで歩くことに専念しよう。夢は走ることなんだけど・・・

クーラーに慣れる
 去年の夏は、クーラーの効いた部屋にTシャツなどの薄着で、ものの5分と過ごせなかった。入ったばかりの映画館を我慢できずに出てきたこともあった。が、今年の夏は、クーラーの効き過ぎているところに行かなくなったこともあるが、かなり平気になった。一冬、過ごした経験が大きいようだ。麻痺が改善しているとか、体温調節ができるようになったとは思えないので、心理的な部分が大きいのか。そうではなく身体の中に気づかない変化が起こっているといいな。
一歩ずつでも、どんな小さいことでも良いから、以前の生活に戻っていると実感できるのは、うれしいものだ。希望は捨てないで、リハビリに励む気持ちが湧き起こってくる。

Mサイズは体重維持のバロメーター
 ユニクロでMサイズの長短の綿パンを買った。両方ともピッタリだった。発症前は、体重75~78キロで胴回りが大きく、Lサイズしか入らなかった。現在は、64キロ台で、しばらく推移している。65キロ以上、体重を増やすまいと、固く決意している。片麻痺の身体に、これ以上の体重増加は大変な負担だ。食事の量と質に注意して、Mサイズが楽に入る体型を維持しよう。
食生活に無頓着であったことも発症の一因だった。が、塩分制限を厳守し、野菜と魚中心の食事に切り替えてはいるが、必要以上に食事に気をつけているわけではない。
お酒は、ほとんど飲まなくなった。飲んでも楽しくないのだ。

ISDNからADSLへの変更
 古いパソコンなので、もうブロードバンド時代に対応できなくなってしまっている。仕方なく、この夏、パソコンの最新事情を調べてみた。思っていた以上に変わっていて、働かない頭では、なかなかのみこめないことが多かった。
朝方、風呂で倒れるまでは、仕事(受験屋)のHPを作っていたので、それがトラウマになっていて(眼の調子も悪いこともあり)、今までパソコンとの付き合いには、腰が引けていた。パソコン環境を変えようなどという気分は起こらなかったが、仕方なく重い腰をあげた。
まず、OCN ADSLサービス(A)に申し込んだ。今週中に新しいパソコンを買おうと思う。たくさんあって迷ってしまうが、NECのヴァリュースターにする予定である。迷っていても前に進まないものなあ。これから、忙しくなるぞ。デジカメも調べなくちゃ。
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# by satarou22 | 2004-08-18 16:25 | 2003年のリハビリ日記